名品愛でる、古人のまなざし
江戸時代、茶道具の形状や付属品を彩色図入りで紹介した画期的な書物がある。「三冊名物記」。多くの写本が流布したにもかかわらず、あまり知られていない。この名物記に焦点を当てた特別展「三冊名物記―知られざる江戸の茶道具図鑑―」が10月3日、京都市上京区の茶道資料館で始まる。記録された名物を現存する名品と対比させながら紹介、道具を見つめる新たな目線を呈する。
茶の湯に関する資料を収集し、企画展示してきた「茶道資料館」の開館40周年と、日本で唯一の茶の湯の専門図書館「今日庵文庫」の開館50周年を記念する展覧会の第2弾として開催。同文庫にも所蔵されている史料を主題にすえた。
「三冊名物記」は江戸中期、18世紀前半に編さんされた茶道具の名物記。8代将軍徳川吉宗時代の筆頭老中大給(おぎゅう)松平乗邑(のりさと)(1686~1746年)が編著に関わったとされる。茶入をはじめ、香炉や香合、花入、茶碗、掛物(かけもの)など、三百数十点の茶道具について、伝来や形状、寸法、付属品などの情報が、3冊にまとめられている。所蔵者の情報が中心だった、それ以前の名物記とは明らかに視点が違い、実証的、博物学的な「図鑑」となっている。茶入や茶碗を包む仕覆(しふく)(袋)、箱などの寸法の情報が優先されている場合さえあるのも特徴的だ。
しかし、残念なことに知名度は低い。その理由が、名前がないこと。「三冊名物記」という書名は通称で、正式名称や原本は不明という。現存するのは転写本で、図書館や大学、博物館などに数十点の所蔵が確認されているが、もともと便宜的に名付けられたため、「乗邑名物記」や「茶器名物記」「名貨帖」など多様で、同一の転写本と認識されていないケースも多いという。同文庫も少なくとも8種類以上を所蔵している。
特別展にあたり同資料館の橘倫子学芸課長は、先行研究に加え、大給松平乗邑の動向と名物記の記述を照合。1巻を入手した乗邑が、自身の所蔵道具や熟覧した道具を2、3巻に記録したと解き明かした。「読み手を想定した書物ではなく、手控え記録であったものが流布するようになった」とみる。
特別展では、同文庫所蔵の「三冊名物記(茶器名物集)」をはじめ異系統の写本10点を初公開するとともに、「山上宗二記」や「古今名物類聚(るいじゅう)」「大正名器鑑」などもあわせて展示、名物記の変遷を示す。さらに「玳玻盞(たいひさん) 鸞(らん)天目」(重要文化財)や「青貝布袋香合」などの名品を記載された内容とともに披露、それぞれの道具の寸法や形状などを確かめながら見る楽しみもある。一つ一つ丁寧に書き写された記録からは、茶の湯と向き合った古人の熱意も感じとれそうだ。